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一方、暗闇の森の中を進む一つの影があった。
「・・・無用心ですね・・・。」
ティアである。
彼は図書館で得た地図を参考にしながら町を散策していると、スラム街の一角にある、シカンダと言う町全体を覆う城壁に大きな穴があることを発見した。
興味を抱いたティアはその穴から外へと踏み出すと、そこに広がっていたのは大きな森だった。
スラム側の外は森で覆われており、それはどこか深遠に続くような雰囲気さえある。
(・・・幾らスラム街とはいえ、こんなところにあのような穴が在ってはモンスターによる危険が増えるかもしれないと言うのに・・・)
ティアは心の中でシカンダと言う城下町の危惧を抱きつつ、森の中の散策を続けた。
森は月明かりが少し差し込む程度でかなり薄暗い。
そんな中、ティアはふと足下に不審な物を発見した。
「ふむ・・・これは・・・。」
屈んでソレを注視する。
やがてソレが、危惧していたうちの一つである事に気がついた。
「この足跡は・・・ゴブリンですね・・・。」
ゴブリン・・・餓鬼の一種であり、あまり知識は無いものの繁殖力と集団行動力が高く、ある程度の注意が必要なモンスターである。
(・・・かなりの数ですね・・・これは・・・。)
ティアは足跡の数からおおよその数を割り振った。
不審・・・それに尽きた。
(スラム街の穴・・・だと言うのに、本能で動くゴブリンが町に侵入しないとは・・・)
どう考えても不自然な事だった。
ティアはアゴに手を当てて声を漏らした。
そろそろ戻ろうと思い、足をシカンダへと向けようとしたところで
『ガサガサガサガサ・・・!!!』
大きく揺れる木々の轍と足音を聞き、ティアはすぐさま近くの茂みに身を潜めた。
やがて、ティアの目の前に何かが入った、少し大きめの布袋を肩に担いだ男達が現れた。
「おい、ここいらだよな?」
「ああ、多分な。」
男達が何事か囁きあっているのを、ティアは聞く。
「おい。」
「おう。」
三人組みの男の内、一人が持っていた布袋をその場に置くと、男達は一目散に逃げていった。
ティアは気配が去るのをじっくり待ってから、体を起こした。
(・・・一体なんでしょうか・・・?)
布袋の前まで歩くと、その布袋がもぞもぞと動いてる事に気がついた。
ティアは布袋の紐を解き、中に入っていたモノを外へと出した。
「ん~!!んん~~~~~!!!」
中に入っていたのは猿轡をされ悶えている、まだ幼い少女だった。
よほど怖かったのであろう、その目からはボロボロと涙がこぼれている。
ティアが猿轡を解こうと手を伸ばすと、少女はビクッ・・・と体を震わせて後ずさった・・・だが、腰が抜けているのか、お知りをもぞもぞとさせてるだけであった。
ティアは、少女が自分に怖がっている事を察すると声を出した。
「ご安心ください、私は貴女を襲いはしませんよ。」
綺麗に透き通った声が少女の耳に入る。
不思議なまでに説得力のあるその声に、少女は目を見開いたままポカン・・・としている。
その場には、余りにも似つかわしくないほどの穏やかな声が・・・その微笑が少女の心を落ち着かせた。
体の力が抜け、自然とリラックスした状態となる。
「今、縄を解いて差し上げます。」
ティアはそう言うと、少女を縛っていた縄や猿轡を解いてあげた。
「あ・・・。」
少女は自分の拘束が解かれていることに驚いたのか、声を漏らした。
その様子にティアは微笑みながら声をかけた。
「お怪我はありませんか?」
「ふえ・・・あ・・・うん・・・大丈・・・っ!」
少女は慌てて立とうとしたところで、足に走る鈍い痛みに顔を歪めてその場に尻餅をついた。
ティアはソレを見ると、少女が手で押さえている右足を見据えた。
「・・・見せていただけますか?」
「うん・・・。」
少女が手を離すと、その部分が露わとなった。
少女の右足・・・くるぶしから付け根にかけて、可哀想なくらい赤く腫れているのが見て取れた。
「ふむ・・・足を挫いていますね・・・よし。」
ティアは「うん」と頷くとコートのポケットの中から小さな金属の筒を出した。
「何・・・するの?」
少女が不思議そうにティアを見つめる。
「ふふ・・・これから起きますは種も仕掛けも御座います、不思議な出来事で御座います・・・どうぞご堪能あれ。」
芝居がかった言葉を言い、ティアは少女に金属の筒を少女の手に優しく握らせた。
「・・・?」
「それでは始めましょう・・・さあ、まずはゆっくりと目を閉じてください。」
少女は言われるがままに目を閉じた。
「では、今までで楽しかった事を思い出してみてください。」
少女は、やや沈黙していたが、やがて「うん」と頷いた。
「その思い出を、今、あなたの手の中にあるモノに心の中で話してみてください・・・。」
少女は言われるがままに、手の中のモノに今まで楽しかった事・・・友達と遊んだ事、美味しい物を食べた事・・・色んな事を語りかけた・・・すると
「・・・何か・・・暖かい・・・。」
手の中が暖かかった・・・ティアの手が自分の手に重なっている所為ではない・・・まるで、手の中にあるものが熱を放ってるかのように暖かかった。
だが、決してソレは扱ったりするようなものではなく、まるで誰かが包んでくれるような・・・そんな温もりみたいであった。
「ふふふ・・・それでは、ゆっくりと目を開いて見てください。」
目の前からティアの声が響く・・・少女はゆっくりと目を開け、暖かさが溢れる自らの手を見た。
「ふわぁ・・・!!」
手の中から優しい空色の光が溢れているのを少女は見た。
手のひらを開くと、そこには小さな小さな笛があり、それがその光を出していた。
「・・・足の方はどうでしょうか?」
「えっ?」
少女はティアの声を聞き、痛めた足を思い出す・・・が、予想外の事が起きた。
「あっ!痛くない!!」
少女は立ち上がり、ジャンプしたり、ティアの周りを走ったりした後、ティアの前に立った。
「あ、私、アミィ!お兄ちゃんは?」
「私はティアと申します、よろしく、アミィさん。」
「うん!!」
アミィの中でティアに対する疑念は無くなり、笑顔を振り撒いている。
「あ・・・お兄ちゃん、これ・・・。」
アミィは先ほどから握り締めていた笛をティアに返そうと差し出した。
気がつけば、そこには先ほどのような光は無く、唯の笛へと戻っていた。
ティアは、アミィを見つめると、首を横に振った。
「よろしければ、その笛はアミィさんに差し上げましょう。」
「ほんと!?ありがとう、大事にするね!!」
「ははは・・・その方が『笛』も喜ぶでしょう。」
「笛が・・・?・・・どういうこと?」
「それは―――――――――」
『ガサガサガサガサ!!』
ティアがアミィの問いに答えようとした所で邪魔が入った。
(・・・この感じ・・・。)
ティアはアミィと視線を合わせていたが、今の事態を理解し、スッと立ち上がった。
「ガァァ・・・!」
「グゥゥ・・・!!」
闇の中に溢れる、爛々と輝く幾多の目。
「お兄・・・ちゃん・・・!」
アミィがか細く呟きながら、ティアにしがみ付いた。
ティアはそんなアミィを優しく抱えあげた。
「しっかり掴まっていてくださいね?」
「・・うんっ!!」
ティアの微笑に勇気付けられたのか、わずかに力強く頷く。
ティア自身は、周りの気配を読みつつ、それらの正体に気がつく。
「・・・ゴブリンですか・・・。」
(数は十数匹・・・この距離なら・・・)
ティアは片手で器用にコートの中から細長い葉っぱを一枚取り出した。
それをおもむろに唇の当てると、ティアはそっと息を吐いた。
『―――――――――――――――――――――。』
ティアの手によって奏でられる旋律。
その音色はとても高い音で・・・だが、その中にも何か鮮烈な物を感じさせる音色だとアミィは感じた。
大気すら振るわせる、その高い音に異変はすぐは起きた。
「ガッ!!」
「ゲッ!!」
ゴブリンたちが一斉に苦しみだしたのである、一様に耳を塞ぎのたうち始めるのをアミィは見た。
ティアはその瞬間を見逃さなかった、片腕にアミィを、もう片手に草笛を持ち、ゴブリンに向かって走り出したかと思うと、アミィの視界が『逆転』した。
『ヴァサァッ!!』
月を背にティアは宙返りをしていた。
アミィは上に地面があると言う不思議な感覚を呆然と見ていた。
やがて視界が元に戻り、ティアは音すらなくその場に着地した。
アミィが見渡せば、ゴブリンたちの包囲網を抜けていた。
だが、ティアはそこで止まらない。
行き着く間も無く、ティアは走り出していた。
「グ・・・ガァッ!!」
ティアの奏でていた音が途切れた事によってゴブリンは復活し、ティアの後を追って走り出した・・・。
・
・
・
「・・・む、騒がしいですね・・・。」
シルヴィーがスラム街の中を警備し、丁度、城壁の大穴の所に差し掛かった所で、外の様子がおかしい事に気がついた。
「・・・。」
シルヴィーは目を凝らし、穴の向こうを見つめる・・・そして
「・・・な!?」
それを見た。
(人・・・追われている!?)
さらに目を凝らせば、走ってくる者が子どもを抱えて走っている事に気が着く、だが、それよりも気にすべきなのは追っている者・・・ゴブリンの群れであった。
「こっちです!早く!!!」
シルヴィーは追われている者達のほうへ走り出しながら叫ぶ。
その声に気がついたのか、追われている物がシルヴィーの方へまっすぐ走ってきた。
そして・・・その姿を月明かりが照らし出した。
「貴女は・・・昼間の!?」
「シルヴィーさん!しばし後ろをお願いします!!」
ティアはそう言うとシルヴィーの横を走り抜けた。
すれ違いざまに、詩人・ティアが子どもを抱きかかえている事に気がつく。
その子を安全な所へ連れて行く気だということを悟り、シルヴィーは目の前の『敵』に意識を集中させる。
「・・・任されました!!」
シルヴィーの手が自然に腰の刀へと伸びる、ゴブリンたちが自分に向かって走ってくるのを黙認しながら、さらにシルヴィーは意識を集中させる。
やがて、シルヴィーの目の前にまで迫ったゴブリンは無骨な棍棒を片手に振り上げながら、シルヴィーの眼前へと振り下ろされ
「・・・セェェイッッ!!!」
烈なる叫びと共に刀が鞘からほとばしった。
「!!!?」
その居合と呼ばれる技法によって、棍棒ごと体を切り裂かれたゴブリンは声すら上げる間も無く絶命する。
シルヴィーはそのまま返す刃で、横に回りこんできたゴブリンを斬り裂く。
『ウォーーーーーーーーーーー!!!!』
ゴブリンたちの怒号が殺到した。
シルヴィーの目が細まり、その場にいる敵を全て捕捉する。
「フン!!」
シルヴィーは襲い掛かるゴブリンを物ともせず、確実に斬り殺していく。
『ザンッ!!』
棍棒ごと斬り裂くシルヴィーは、正しく鬼神のようであった。
「ハァァッ!!!」
(赦さない)
シルヴィーの刀が唸り、二匹同時に切り裂く。
「デェェイ!!」
(赦さない!)
目の前が赤くなるほど、我武者羅に斬り捨てる。
「タァァァッ!!」
(絶対、赦さない!!)
斬り屠る度、シルヴィーの心の中に憎悪が蘇る。
未だに焼き付いて消えない、記憶の奥に深く刻まれた傷。
絶える事の無い悲鳴と断末魔・・・燃え盛る町と乱舞する化け物の群。
自分を責めたてる罵声と暴力・・・拒絶の眼差し・・・あらゆる生き物の死骸。
そして、無残に喰い散らかされた・・・お さんの死た――――――――――――――
「うわぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁあアアァああァァアぁぁぁああああああああああああぁぁぁああぁぁあぁあああぁぁぁぁぁあああっっっ!!!!!!!!!!」
記憶と現実が判別できない。
目の前にいる奴は何だ?
目の前にいる、この化け物は何だ?
コイツだ・・・コイツらが・・・コイツらがぁぁぁ!!!
シルヴィーは刀をゴブリンの腹に突き刺すと、刃を上に向かせジャンプする勢いでゴブリンを真っ二つにする。
その勢いを殺さず、前に飛びぬけると、ゴブリンの群れの中で惨殺と言う名の舞を踊る。
意識が保てない、それほどまでにシルヴィーの憎悪は激しい物だった。
シルヴィーは次々と増えるゴブリンの群れを、増える端から斬り屠っていく。
だが・・・限界は訪れた。
「はああああぁぁぁぁあああぁあぁぁぁあああ!!!」
シルヴィーが大きく刀を振り上げ目の前のゴブリンを切り裂く・・・その動作が盲点だった。
「ガアア!!!」
ゴブリンが切り裂かれた仲間を踏み台にしてシルヴィーに襲い掛かったのである。
その手には錆びたナイフが握られている。
咄嗟に正気に戻る・・・が遅い。
(しまっ・・・・!!)
殺される・・・その恐怖が身をこわばらせ・・・『それ』が起きた
『~~~~~~~~~~~~~~~♪』
甲高い音が鳴り響いた。
その音に襲い掛かろうとしたゴブリンが倒れ伏す。
それどころか、周りにいるゴブリンたち全員が耳を押さえ呻き声をあげた。
『~~~~~~~~~~~~~~~♪』 (チリン)
のた打ち回るゴブリンたちは一斉に立ち上がると、一目散に森の中へと逃げていく・・・その様子を呆然とシルヴィーは見ていた。
やがてシルヴィーは、その音に助けられた事を悟り、音の発生源・・・自分の背後へ振り向いた。
「・・・あ・・・・。」
そこに『それ』はいた。
輝く銀色のフルートを奏でる、不思議な詩人・・・。
その手によって奏でられる旋律が、シルヴィーの荒れ狂った全てを洗い流していく・・・それは、本当にいとも簡単に吹き飛んでしまい、シルヴィー自信が驚くほど出る。
月明かりに照らされ、銀色のフルートを奏でる詩人・・・どこか幻想的な光景にシルヴィーは魅入ってしまっていた。
やがて詩人・ティアはゴブリンたちの気配が完全に途絶えたのを確認すると、フルートをコートの中にしまい、半ば放心状態ともいえるシルヴィーの前に立った。
「助けていただきありがとう御座います、お怪我はありませんか?」
「・・・。」
返事が無い事に不審に思ったティアは、もう一度声を掛けた。
「・・・シルヴィーさん?」
「・・・え?あ・・・・。」
正気に戻ったのか、シルヴィーは焦点がティアに合わさる。
「助けていただき、本当にありがとう御座います。」
「あ・・・いや・・・。」
シルヴィーは言葉を濁した。
と言うのも、シルヴィー自身、最初は二人を救うために戦おうとした訳だが、ゴブリンを見た瞬間そんな感情が吹き飛び、ただ復讐のためだけに戦ったと言うこと。
純粋にお礼を言われた事は嬉しい・・・だが、事実のその裏には私的な感情があり、結果的に言えば二人を復讐の道具にしたことにも繋がる事がただ悲しかった・・・。
「ティア殿・・・いえ、私はお礼を言われるほどの事は・・・していません・」
それほど立派な感情で動いた訳ではない・・・そう心の中で呟き、喜びや嬉しさを封じ込める。
だが、そんなシルヴィーにティアは微笑んだ。
「結果として、私達は助けられました・・・これは、感謝すべき事ですよ。」
「――――――――――――。」
言葉を失う・・・余りにも真っ直ぐな言葉に思わず目線をそらす。
「お怪我はありませんか?」
ティアのその言葉が、シルヴィーの中で爆発した。
自分が心配された・・・【死神】と・・・【異端者】と言われた自分が・・・。
その事実はシルヴィーの顔を真っ赤にするには十分すぎるほどの物だった。
はたから見ても真っ赤な事が分かる程、シルヴィーは顔を真っ赤にしながら慌てたように口を開いた。
「い、いえ!大丈夫です、ご、ごごご心配なく!!!」
動揺の余り声がドモっている・・・無性に恥かしくなり、シルヴィーはそっぽを向いた。
普段余り感情を表に出そうとしないシルヴィーだが、今回のは例外中の例外だった。
彼女にとって『心配される』というのは、この十数年間、殆んど無く、とっくに忘れているような物だった。
それ故に、どう対処していいのか分からず、ふいっと顔をそむける。
心の中で必死に、子どもの頃はどうしていたかなどを思い出そうとする辺りが、混乱の極みである事に本人は気づいていない。
やがて、どうしようもなくなったシルヴィーは真っ赤になった顔をうつむけ、聞こえるか聞こえないかの瀬戸際で・・・か細く・・・そして小さく・・・本当に小さく
「・・・ありがとう。」
と呟いた。
第九幕 了
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性格は基本的に大らかな性格のへたれです。
名前に関しては偽名です。